Dramatic Railway

鉄道趣味と阪神電車


  電車の音が子守唄がわり…そういうご記憶をお持ちの方も多いとおもいます。
 私も同じように「でんしゃ」を間近にしながら育ちました。
 もっとも男の子なら一度は興味を持つ電車。私の場合は、父が阪神電鉄に勤めており
 ましたから、この頃から「阪神いちばん!」坊主でありました。

  当時の阪神は、若干の旧型車を残すほかはすべて新性能の通勤型車両がほとんど
 で、これといった特色のある車両もなく、興味の対象から察するとあまり子供らしから
 ぬ存在だったのかも知れません。おもちゃ屋でみかける鉄道モノは、国鉄の特急電車
 ばかりで、なんで阪神電車をつくらへんのやろ?と不思議に思ったものです。

 

  そう言えば、散髪屋に通うのにも阪神を利用していました。
 一家の住まいが尼崎にあった頃からお世話になっていた散髪屋さんがあって、
 阪神国道線の「札場筋」から「西大島」まで乗ることができました。
 その時の印象と言えば、大きな窓にぶつかりそうなくらい長〜いつり革が電車が左右に
 揺れる度にぶらんぶらんしていて…その電車の愛称が「金魚鉢」だということを知ったの
 は、昭和50年に併用軌道線が全廃される直前のことでした。
 
  右の写真は、甲子園球場前を走る201形です。阪神パークとともに「金魚鉢」のことを
 知っている人もどんどん少なくなっていくんでしょうね。

  左の写真は、はじめて自分で撮った「鉄道写真」です。
 この時すでに住まいは西宮ではなかったので、梅田から久しぶりに阪神に乗れると
 あって朝からワクワクしていたことを覚えています。エンジ色の柔らかいシートに座
 った瞬間、同じモケットのシートなのになんで国鉄は硬いんだろ?と感じました。
 移り住んだ家は片町線の沿線で、まさに「旧国」の宝庫のような路線でしたからムリ
 も無かったんですが…

  この時の撮影機材は110フィルムをポン!の超バカチョンカメラ。それも兄貴に無理
 やり頼んで使わせてもらうことになったんで、緊張感も倍増…西宮駅近くの踏切でフ
 ァインダーを覗く姿はどんなだったのでしょうか。

 路線規模は小さくても、常に性能が良く、
   実質性の高い車両
開発を手がけてきた
   ことも魅力のひとつと感じます。
   「喫茶店」の異名を持った851形、
   悲願の大型特急車3011形、
   通勤形近代化の基礎となった5001形、
   開業100周年に相応しく新しい阪神を
   象徴する9300系、更に近鉄相直用の
   1000系…

  ■車両数が少ない割りにバリエーショ
    ンが豊富で、
車両史の観点からも
    大いに楽しめます。

    改造・改番の経緯や、編成の組み
    替えなど、私は未だに理解できてい
    ないことだらけ。
    故に数少ない参考図書を片っ端から
    買うハメに…(汗)

  ■山陽姫路への乗入れに続き、近鉄
    奈良へも…(将来は伊勢方面も?)
    今ひとつ活気のなかった西大阪線も、
    阪神なんば線として再整備され、
    さらなる可能性が期待できるところと
    なりました。
    
大阪キタとミナミのふたつの玄関を
    網羅し、在阪私鉄の連携強化が実現
    
します。
HOMEへ本線トップへ