Dramatic Railway

管理人はこんなヤツです


     ■1961年兵庫県尼崎市にて竣工

     ■1963年西宮市に転居。(住まいのすぐそばを阪神電車が通り、これが「鉄」との関係を
      決定づける)

     ■1966年大阪府大東市に転居。国鉄片町線の沿線に。のどかと言うかオンボロの旧型国電
      とはじめて出会い、阪神電車とのあまりの違いにカルチャーショックを受ける。

     ■中学〜高校時代は阪神電車への想いが捨てきれず、写真撮影はもっぱら阪神沿線ばっかり〜

     ■大学時代は京阪特急で通学。いわゆるテレビカーをつないだロマンスシートの車両!この頃
      は、関西の私鉄も今よりずっと元気でした。

     ■社会へ出てからはクルマ通勤となり、鉄道との関わりが希薄気味に。休日は写真撮影よりも
      GMの車両キットを組むことの方が多くなりました…

     ■結婚を機に、現在の大阪府豊中市に。北大阪急行や阪急電鉄が近いのですが、あまり被写体
      にはなっていません。「私鉄ハコ屋」として「まんべんなく撮らなくては。」と思いつつ…

     ☆鉄道を愛好するようになったきっかけは、父の存在を抜きには語れません。阪神電鉄の社員
      であった父は、当時の西宮教習所で指導職として勤務していました。その教習所と隣合わせ
      にあった社員寮の寮長も兼ねており、同じ敷地内に私たち家族の住まいもあったのです。
      若い社員さんがよく遊び相手になってくれました。(今の経営幹部の方も何人かいらっしゃ
      います)また毎日飽きもせずに電車を眺めていました。
      父の電鉄マンとしての背中を見ながら育った私は、いつか自分も同じ道を…と密かに思い描
      いておりましたが、高校時代に打ち明けてみると彼の口からは「NO!」という返事が…
      理由は不規則な生活を強いられるからというものでした。当時、普通科では鉄道会社の求人
      もほとんどなく、結局断念せざるを得なかったのですが、私が就いた仕事は医療関係ですか
      ら、「不規則な生活」の部分だけは受継いだ格好です。(笑)


     ☆私は、鉄道を舞台に繰り広げられる数々のドラマに魅力を感じます。
      その光景を舞台の袖からそっと切り取る…これが私流の鉄道写真です。
      もちろん、車両自体も大好きですから撮るには撮るのですが、いつも先輩諸兄の作品を拝見
      する度に溜息が〜(もう少し基本をしっかり身に付けなければと反省しきりです。)
      性格上あまり目的を持たず、その時に出会ったものや見つけたものに目を向けることの方が
      多いので、撮影スタンスは気ままでお気楽…故に撮り逃がしては後悔することが多いのも特
      徴なんですけど。(悶)


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